ヘイトフル・エイト

ヘイトフル・エイト

感想・レビュー

原題:The Hateful Eight
2016/アメリカ 上映時間168分

スタッフ
監督:クエンティン・タランティーノ
製作:リチャード・N・グラッドスタインステイシー・シェアシャノン・マッキントッシュ
製作総指揮:ボブ・ワインスタイン

キャスト
サミュエル・L・ジャクソン:マーキス・ウォーレン
カート・ラッセル:ジョン・ルース
ジェニファー・ジェイソン・リー:デイジー・ドメルグ
ウォルトン・ゴギンズ:クリス・マニックス
デミアン・ビチル:ボブ

まずはサントラで気分をあげよう↓(流しながらお読みいただけます)


[あらすじ]
「イングロリアス・バスターズ」「ジャンゴ 繋がれざる者」のクエンティン・タランティーノ監督の長編第8作で、大雪のため閉ざされたロッジで繰り広げられる密室ミステリーを描いた西部劇。タランティーノ作品常連のサミュエル・L・ジャクソンを筆頭に、カート・ラッセル、ジェニファー・ジェイソン・リー、ウォルトン・ゴギンズ、デミアン・ビチル、ティム・ロス、マイケル・マドセン、ブルース・ダーンが出演。全員が嘘をついているワケありの男女8人が雪嵐のため山小屋に閉じ込められ、そこで起こる殺人事件をきっかけに、意外な真相が明らかになっていく。音楽をタランティーノが敬愛する巨匠エンニオ・モリコーネが担当し、第88回アカデミー賞で作曲賞を受賞。モリコーネにとっては、名誉賞を除いては初のアカデミー賞受賞となった。70ミリのフィルムで撮影され、画面は2.76:1というワイドスクリーンで描かれる。(以上、映画.comより)

こちらが予告編↓

[評価]

■脚本:9
■演出:10
■キャスンティング:9
■この映画えらい度:7
■好き度:8
■期待値とのギャップ:7
■総合:8

83

/100

日本での公開前、私はアメリカに飛び立った。ちょうどその時に発売された「映画秘宝」に書かれた情報によるとデジタル版(167分)ではカットされるシーンを含む70mmフィルムによるノーカットの「ロードショーバージョン」なるものがあるらしかったので、ぜひ見に行こうと意気込んだのだが。。。時間が合わずやむなく断念。しかしその断念を体をねじり全力で悔む結果となったのは、鑑賞後すぐ、いや映画が始まった瞬間だったのかもしれない。監督作品8作目 クエンティン・タランティーノとデカデカと宣伝する監督はそうそういない。この作品が何作目かなんて調べた人だけがしればいいだけの話で、(監督は10作で引退すると宣言しているので、それが影響している部分は大いにあると思うが)面白い監督だなあとクスクス笑った。(いい意味で)また、同様に冒頭クレジットで出てくるウルトラパナビジョン70という表記は、もちろん70mmフィルムカメラの紹介なわけだが、明らかに異なるフォントでデカデカと打ち出すあたり、「本気だ」とクスクス笑った。(とてもいい意味で)ついでに冒頭クレジットに関していうと、どうも見慣れない名前が出てくる。最近はよくハリウッド大作でも目にするようになったマッチョ俳優でタランティーノ作品には出たことはない新キャラだ。ぜひ楽しみにしていていただきたい。(調べれば出てくるのだが…)

ultrap70

とにかく、「タランティーノ映画」の面白さはわかったつもりで、それでいて苦手意識があった。そんな自分にとって本作は初めてと言っていいくらい「ピン」ときたタランティーノ映画だった。過去作には全力で乗り切れなかった私が好むということは一方で、「真のタランティーノマニア」からすると物足りなさを感じるのかもしれないが、どうだろうか?
そんなこんなでついに監督第8作目となった「ヘイトフル・エイト(8)」 日本でのロードショー上映がないことに「意図した映画になりきれない」として来日しなかったタランティーノ。映画本編だけでなく、昔の映画文化を蘇らせること込みで作り上げた本作への思いがうかがえる。そういう意味では海外遠征すべき映画だった…

-ロードショーとは?-

70年代初めまで、アメリカに限らず日本でも、映画の公開にはロードショー、一般公開、二番館公開という3段階があった。超大作はまずロードショー館でお披露目される。ニューヨークなど大都市の一等地にある最高級の映画館で、日本では銀座の有楽町日比谷映画がそれだった。ローマ風の豪華な建築と内装、床には赤い絨毯で、アメリカではムービー・パレス(映画宮殿)と呼ばれた。入場料も高かった。(~中略~)ロードショーではオペラのように映画を扱ったので、上映前にオペラのように「序曲」がつき、本編は一部と二部に分かれていて、間に15分間の休憩が入る。今回『ヘイトフル・エイト』のロードショー・バージョンはその形を再現しているのだ。(映画秘宝2016/3 p27より)

-タランティーノ、最強脚本-

Quentin-Tarantino-Hateful-8

パルプ・フィクションなどでも印象的な、とにかく無駄で「それいる?」「本当に脚本練った?」と突っ込みたくなるような、とことん意味のない会話劇。例えば「レザボア・ドッグス」冒頭の『「ライク・ア・バージン」はヤリマン女が巨根にであった時の歌だ』という果てしなくどうでもいい話題を延々と繰り広げる。ユーモアこそあって笑えるが、全く物語には関係ない。それがタランティーノ映画の一つの特徴となるわけだが、今回は「無駄」に感じる部分がほとんどなかったような機がする。序盤のテンポの悪さから「会話長いな」と思ったのは事実としても、「このセリフいらんくね?」と思うことはなかった。また、長い会話に散りばめられるワードもしっかりラストまでに回収していたのが印象的だった。劇中序盤から登場する「リンカーンの手紙」もしっかり話のキーアイテムになってくる。その辺の細やかな作りはさすがだと感服。そういうわけで、明らかに一歩先に進んだタランティーノの脚本が味わえる傑作だった。

-グロさに笑える、タランティーノ映画の真髄は最高潮-

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多くの西部劇、マカロニ・ウエスタンなどのジャンル映画に影響を受けているタランティーノ。また「遊星からの物体X」の影響を強く受けた本作は血みどろな描写が大変多く、見どころの一つでもある。過去作でも豪快に描かれ、タランティーノ映画の一つの魅力として有名なグロさ。今回はそれが特に笑えた。グロさもただ血みどろなのではなく、確実に笑いが込められている。というのも、ある理由から吐血をする人物が現れるのだが、血の出方が異様。(笑)いわゆる吐血、映画でよく見るものは、咳とともに口から垂れ流れる程度だが、今作は違う。ビシャ〜!とスプリンクラーよろしく散布するのだ。「キックアス/ジャスティス・フォーエバー」を見た方は、クロエちゃん演じるヒットガールが、意地悪な女の子たちを懲らしめるために使った「排泄促進機」(名前は適当)、それによっていきよいよくゲロを吐く女子高生、あんな感じを思い浮かべていただきたい。あんなに苦しそうに血を吐いてる人を見て笑ったのは久し振りだった。

-感想・まとめ-

The hateful8

先も言ったように、本作がロードショー公開を基本にした上映スタイルをとったのが何より感動的!不幸なことに、日本でこれを実現できる劇場は物理的にない。というのも、現段階でフィルム上映を行える設備を持っている映画館は全て閉館し、いまではデジタル上映しか行っていないのだ。アメリカや他の国でも多くはないが存在する。日本は早々に消滅してしまったのだ。このことを知ったタランティーノは大変落胆し「意図したものが上映できない」として来日していない。あの親日の彼がそこまでガッカリすると言うことがどれだけ重要かを物語る。実際、この公開形態、また70mmでの撮影方式と言うのは草稿段階で決まっていたらしい。と言うことは、物語のテーマと同じだけの重要性があるということだ。過去にも「グランドインハウス」という、B旧映画ばかりを2、3本上映するスタイルを「デスプルーフ」で実現させた。この公開形態もごくわずかの劇場でしか実現しなかった日本だが、観れる劇場があったのは確かだ。一方今回の「ロードショー」と言うのは、超大作を豪華絢爛な劇場で上映すると言うもので、全員にプログラムが配られ、上映前には序曲が流れる。そうすることで映画への興奮を高めるのだ。そして途中、15分のインターミッション(休憩)が入り、第二幕が始まるというもので、「映画」というものを最高の状態でみようとするのがこの形式。

今では「レンタル」というものが可能になって、特に日本なんかでは「レンタルで十分」なんて言葉をよく聞くほど主流になったが、そんな作品は一つもないのだ、という思いが込み上がってた。本作のように「超大作」として上映される作品も、「デスプルーフ」のように「グランドイン」方式で公開される映画も、映画館で見るからこそ映画なのである。だからこそ今回タランティーノが試みた「ロードショー公開」は日本でこそやって欲しかったものである。映画文化が離れつつあるこの日本にもう一度映画館のワクワク感を、そしてそれを過去の文化からもう一度体験させてくれようとしたタランティーノに私は心から感謝したい。実際に観ることは叶いそうもないが、(今からやろうとすると60億円程度かかるらしい)「映画」を映画館で見ることの意味をもう一度思い出させてくれたこの映画は、脚本や演出を超えて素晴らしい作品だ。

回しの長さもあって、公開劇場、回数ともに少ないが、ぜひ劇場上映が終わってしまう前に一度観てみてはいかがでしょうか。






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