「シン・ゴジラ」ゴジラが、いや…使徒が現れた!

シン・ゴジラ

感想・レビュー

ネタバレあり!!鑑賞後推奨

[評価]


■脚本:10
■演出:10
■キャスンティング:8
■この映画えらい度:10
■好き度:9
■期待値とのギャップ:10
■総合:9

94

/100

作品情報

2016/日本 上映時間119分

スタッフ
総監督:庵野秀明
監督:樋口真嗣
准監督:尾上克郎
脚本:庵野秀明
特技監督:樋口真嗣

キャスト
長谷川博己:矢口蘭堂(内閣官房副長官)
竹野内豊:赤坂秀樹(内閣総理大臣補佐官)
石原さとみ:カヨコ・アン・パタースン(米国大統領特使)
市川実日子:環境省官僚
犬童一心:古代生物学者
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[あらすじ]
「ゴジラ FINAL WARS」(2004)以来12年ぶりに東宝が製作したオリジナルの「ゴジラ」映画。「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」の庵野秀明が総監督・脚本を務め、「のぼうの城」「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」の樋口真嗣が監督、同じく「のぼうの城」「進撃の巨人」などで特撮監督を務めた尾上克郎を准監督に迎え、ハリウッド版「GODZILLA」に登場したゴジラを上回る、体長118.5メートルという史上最大のゴジラをフルCGでスクリーンに描き出す。内閣官房副長官・矢口蘭堂を演じる長谷川博己、内閣総理大臣補佐官・赤坂秀樹役の竹野内豊、米国大統領特使カヨコ・アン・パタースン役の石原さとみをメインキャストに、キャストには総勢328人が参加している。(以上、映画.comより)

こちらが予告編↓

[コメント]


自分はほぼほぼゴジラ童貞で、ビオランテ、ギャレゴジ、あとはかすかに記憶に残ってるメカゴジラ程度しか知らない。特撮に浸かってこなかった幼少期を、今更悔やむこの頃を過ごしているわけだ。ゴジラに関しては何も知らないし、特撮について語ることももちろんできない。だから、そういう側面からの鋭いコメントができないので、すっごく悩んだ、「シン・ゴジラ」を観る前に全作品を見て、できるだけの資料を読むべきかと。しかし、やはり一週間では無理があった。なんだか後ろ髪を引かれる思いでしぶしぶ劇場へ。。。しかし、観てみてどうだったか?そんなことは一切関係のない大傑作だった。今まで、ゴジラを敬遠していたことのひとつに、特撮ならではのクオリティーの問題や、テンポの悪さなんかがあったわけだ。もちろん、時代が遡るので、技術面や制作費の問題が大いに関係しているのだが、だからこそ、「後回し」になっていた。しかし、今回は時間も費用も世界に比べればもちろん少ないわけだが、そんなことを感じさせない出来だった。庵野監督の一貫したメッセージがここにあり、rそして何より、私の知ってるゴジラはそこにはいなかった。シン・ゴジラにはまるで意思がないかのようだった。それが恐ろしく、不気味。奴の目的は一体何なのか。先の見えない恐怖が実に12年ぶりに日本を襲う!

-新?真?神?-


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新たな国産ゴジラ映画ということで、情報が公開され始めてから大いに話題になった。その中心は「シン・ゴジラ」というタイトルだ。このシンとは、新なのか、真なのか、神なのか。鑑賞後それを改めて考えると、その全てだったと言える。だからこそ、むしろカタカナ表記で多様性をもたせたのだと実感。全く新しいゴジラであり、これまでのどの作品よりもゴジラらしく、そして神に近い完全生命体のゴジラであった。


我々は当然、初登場のゴジラもあの馴染みの姿を想像していたわけだ。だから、あの狭い水路をわざわざ泳ぐ形で進む姿に当然違和感を覚えたはず。広い海ならともかく、でかい図体で這いつくばるのは億劫だろうと。しかし、その考え方は固定概念でしかなかった。初めて姿を現したそのゴジラ第1形態は「海から出てきた」を納得させるに十分すぎるビジュアル。エラのようなものがあり、身体は細め。前傾姿勢でどちらかというとトカゲやウーパールーパのような外見だ。もれなく全員が衝撃を受けたはずだ。「え?なにこれ、別の生き物?」と。むしろこいつを倒して、次に出てくるのがゴジラか?とか。これが新・ゴジラかと。先も言ったエラのような箇所の内側の赤々しい部分や、体内から出る血液のような朱い液体のグロさはさすが、庵野監督。
また、ゴジラ映画のアプローチもまた新しい。記憶に新しいハリウッド版ゴジラ、通称ギャレゴジ。大きな反響を呼んだものの、それとはまったく違うアプローチで描いたのが「シン・ゴジラ」。ギャレゴジでは明らかに救世主的存在として描かれていた。人間を、いや地球の秩序を守り均衡を保つために出てきた「目的のはっきりした」ゴジラだった。しかし、今回のシン・ゴジラはその目的がまるでない。何をしに、何のために陸に上がってきたのか。なぜただひたすらに都心部を目指すのか。その辺の都市を破壊するのではダメなのか?まるで目的がわからないのだ。そしてそれが怖い。圧倒的な力で、ゆっくりと進行してくる。そう、まるでエヴァの使徒のように。そう、今回のゴジラでは観客がしばしばエヴァを感じるのだ。「怪獣」というくくりの生みの親と言っても過言ではないゴジラを描くにあたって、その存在をある種使徒という、庵野監督ならではの設定に持って行ったのだ。この話はまた後ほど。
てなわけで、あれだけ撃たれているのに、文字どおりビクともしないゴジラ、携帯変形するゴジラ、尻尾や尾びれからも放射熱線を吐くゴジラ(さらっと重要事項…)。今までに見たことないゴジラがいるのがシン・ゴジラだった。


ゴジラが突如出現する、それの対応に追われる、攻撃され反撃する、苦戦するも何とか抑え込む。この一連の流れは当然予想される展開だ。しかし、今回のシン・ゴジラではまさに、こうなるだろうリアルが詰まっていた。そう言った意味で「ゴジラが日本に現れたら」をむしろドキュメンタリー的にとでも言おうか、それほど綿密、緻密に描いていた。これも後で詳しく記載するのでそちらで。


今回のゴジラはまさに神の化身、とでも言おうか。それほどに絶望を与える存在だった。「生き物だから倒せるだろう」とか言ってはみるものの、そんなのは夢のまた夢、という感じがバンバン伝わってくる。それも、どれだけ日本の軍が弾を撃ちこもうとビクともしないそのでかすぎる図体。のちに発覚するゴジラのDNAの脅威、なにを取っても「人知を超えている」としか言いようがない圧倒的存在だったのだ。神の子とも言われる人間が、神と本気で対峙する。その先に見る「科学の発展」に人間はまたも目がくらむのだった。それが良かったのか悪かったのか、とりあえず日本は救われることになったのだが、今回のゴジラほど天災というに近い存在はいなかったのではなかろうか。つまりそれは神の所業。この映画のシンに込められたひとつの意味であろう。

-使徒としての「ゴジラ」-


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タイトルイン、地名のフォントなどが旧ゴジラ作品っぽいのに加え、エヴァンゲリオンらしいとも言える本作。もちろん初代のゴジラ等へのリスペクトはあるのだろうが、実際見ていないからわからない。ただ、少なくとも過去ゴジラからのリスペクトと同じくらい、自身の作品で代表作でもあるエヴァンゲリオンからも多くを使っている。そしてそのらしさにだんだんと気づき出す。というのも、ゴジラの対応のために組まれた巨大災害対策本部、略して巨災対の初お目見えの際に流れるBGMが完全にエヴァ。

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今までの淡々とした会議シーンとは打って変わり、テンポのいいアクション映画に早変わり。この選択は本当に素晴らしいものだったと思う。きっと多くの批判があるだろうし、どうしてもエヴァを思い浮かべてしまうため、ゴジラが使徒に見えてくる。しかしサントラだけでなく、ゴジラそのものが実に使徒らしかったので、彼が描こうとしたもの、それをわからせるための手段としては最高の手だったのではないだろうか。
また、その巨災対が語るゴジラの形態変化の話だったりや、序盤の海の赤み、のちのヘリでの攻撃や戦車の並び、本部でのやり取りはまさにNERVそのものといった感じ。ゴジラの詳しい推測も面白い。ゴジラが自身のみで進化してきた完全生物であるという説明は、エヴァでの使徒の説明、「単独で完結する純完全生物」というものにも当てはまる。
ただ、そこにゲンドウのような圧倒的決断者は一人もいない…いるのは首相という名のハンコ押し係。何を決めるにも彼一人では無理で、ゴジラが来てるのにも関わらずたっくさんの会議をしなければならないのだ。

自衛隊の全戦力を投入して様々な砲撃をしているのに、文字通りビクともしないゴジラは初めてではなかろうか?これもまるで、新劇場版エヴァンゲリオン:序 冒頭の第3使徒のようだった。ヘリからの迎撃に目もくれずただひたすら首都に進行してくる。そう、何の目的があるのか、意志があるのかもわからないそのノッシリとした動きで、確実に首都に向かってくるのだ。

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シン・ゴジラは神の化身か?個人的に「エヴァンゲリオン:エピソード0」といった感じに受け取った本作。この後、人類存亡のためにエヴァンゲリオン初号機が作られてもおかしくない。もちろん、現実対虚構というテーマでそれはありえないのは承知だが、あってもおかしくないシンクロ率。巨災対がNERFになってもいいね。なんて思わされた。もちろんエヴァっぽいのが嫌いな人もいるだろう。しかし、それはゴジラシリーズの新境地であり、単純に新・ゴジラとしての評価にもつながる。
何より無駄に作戦名をつけたがる日本軍、そしてその名前が「ヤシオリ作戦」、無人在来線爆弾というすばらしすぎるロマン、やたらと長い尻尾にもしっかりあるギミック。こういったものは庵野ワールドと言っていいだろう。この映画がエヴァっぽいのではなく、単に庵野監督らしいだけかもしれない。どちらにしろ、その全てに感動し、喜んだ。テンポのいいゴジラ映画に一気に心惹かれたのは事実なのだ。

「現実対虚構」の再現度と腐肉たっぷりな冷笑


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序盤で起きる地震や、海底トンネルの亀裂など、これらの事故がまさかゴジラという巨大生物によるものだとは誰も予想していない。誰もが現実的でパニックにならないような憶測を立てる。あくまで説明のため。実際の対策とも言えない対策を立てるのだった。序盤は漢字がたくさん並び、さらに俳優陣はみんな早口、いちいち追っていられないほどの情報量に終始疲れが。多くの会議が開かれ、多くの承認が得られる。ゴジラが街を破壊しているその瞬間にも、軍を動かすかどうかで悩んでいるのが日本という国なのだ。会議の映像をわざわざ入れておいて、「以下中略」というテロップが入る。日本の会議のある部分での無意味さ、滑稽さが皮肉られた瞬間だろう。その他にも、「駆除、駆除」と声高に言うわりに、魚雷ひとつ撃つのに承認やら書類やらがいる。何にしても「上」の承認がいるくせに、国のトップも大した権限があないという矛盾。ゴジラが正体を見せて、混乱する国政。国民を安心させるために開きたい会見にも手続きが必要で。もう、何も進まない。日本は、こんな危機に瀕した際にも「防衛出動」と言う手段しか持ち合わせていないのだ。それに際しても「武力行使」というものに対して明らかな抵抗があるため、なかなか首を縦に振れない。安保条約に頼るのか、自らで攻撃をするのか。「対生物だから」などと、様々な言い訳をして、なんとか妥協する様子は実にリアル。災害緊急事態の公布、これにより武力の行使を一時的に可能にするのだが、戦後初めての武力行使とあって、ゴジラが出てきているにもかかわらずそのこと自体がニュースになっている。つまりそれほどの抵抗があるということだ。しかし、あれだけの会議をして、本当にやむなく武力行使をしたにもかかわらず、ゴジラは倒せない。日本が必死で封じ込めている武力も、いざ使ってみれば何の意味もなかったのだ。結局は他国に頼り、委ねるしかない。そういう結論に至りかけるのだった。しかし、ここで日本は踏ん張る。核での攻撃を画策する多国籍軍に対し、唯一の被爆国である日本はなんとか阻止を試みる。アメリカが思う核兵器の「ただのでかい爆弾」という意識と実際は明らかに違うと知っているため、ゴジラに滅ぼされれるよりもはるかに致命的な未来が見通せる。「日本はやれる」そう信じた巨災対は血液凝固剤によるゴジラ凍結を試みるのだった。ここまでの、「日本にゴジラがやってきたら」が実に現実的。しかし、ゴジラを倒す瞬間は少し都合が良すぎたのかもしれないと思う。確かに、作戦のフェーズ1でゴジラの活動限界を目指していたので、弱っていたのかもしれないが、あれだけ圧倒的な力を見せていたゴジラが、大人しく倒れていて、まんまと喉に凝固剤を流されるのはどうかと思う。逆に言えばだ、あれだけリアルに描いていた前半から、もし今の日本にゴジラが現れれば、あれほどの偶然と奇跡がなければ倒せないということになる。怖い。

そんなパニックディザスター映画であり、スリラーであり、ドラマである本作はシニカルな笑いも忘れない。こんな大事件が起きているのに、働いているコジマ電気の社員。これがYAMADA電気ならもっと笑えたな、なんて思ったり。(ブ○ック企業で有名じゃん?)逃げるのも車よりも電車でギュウギュウ詰め、こんな時に地下の個室に閉じ込められるなんて嫌だな。とか、ゴジラが一旦さってしまえばその事実が嘘のように日本が動き出す。テレビで流れるは電車の遅延情報などで、何事もなかったかのようだった。こんな風に多くの日本らしさが皮肉られ、それが決して嫌味っぽくなく楽しめた。また、「ゴジラとともに生きていかなきゃならないんだ」というセリフは我々と原子力との共存の必要性も訴えかけている。ただ、笑うだけでなく日本の真の姿をも捉え映し出す。ただのエンターティンメントに過ぎないのが良かった。

-庵野秀明ワールド-


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エヴァンゲリオンでもそうしたように、何かが今の世界を大きく変えてしまう、いやむしろ崩壊させてしまうほどのそれは一見悪いようだが、じつは再建のチャンスを与えられたことにもなるのだ。「シン・ゴジラ」ラストでも「せっかく崩壊した日本だ、いいものに作り直そう」といったような言葉を竹野内豊演じる赤坂秀樹が発する。破壊が新しく、あるべき世界への第一歩なのだ。しかし、決してハッピーエンドとは限らない。その破壊がそれで終わるともしれない。そんなモヤっとした世界が庵野ワールドの一つなのだろうか。今作で何やら怪しいゴジラの尻尾が映し出される。あれはゴジラの元なのか。それともゴジラから生まれたものなのか。前者なら人類の成れの果てがゴジラとも言えるし、後者なら破壊はまだ終わってないとも言える。
人間はゴジラから新たに科学を発展させるだろう。ゴジラを完全に殺さなかったのは、単に日本を守るためだけでなく、貴重で利用価値があるからだ。その欲にまみれた人間らしさがこの後どうなるかわ誰も知らない。少なくともあの脅威は日本の真ん中に氷続けるのだ。危険や恐怖との共存。それは先の原子力のように、安全だとみなした瞬間に真の姿を露わにし、人類を脅かす。ハッピーエンドに見えた本作もまた、いつも通りの人間の過ちで終わったのかもしれない。

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