レッドタートル

レッドタートル

感想・レビュー

[評価]


■脚本:7
■演出:6
■キャスンティング:-
■この映画えらい度:7
■好き度:4
■期待値とのギャップ:5
■総合:7

60

/100

作品情報

原題:La tortue rouge
2012/フランス・日本合作 上映時間81分

スタッフ
監督:マイケル・デュドク・ドゥ・ビット
原作:マイケル・デュドク・ドゥ・ビット
脚本:マイケル・デュドク・ドゥ・ビットパスカル・フェラン
プロデューサー:鈴木敏夫

[あらすじ]
2000年に発表した短編「岸辺のふたり」でアカデミー短編アニメーション賞を受賞したオランダのマイケル・デュドク・ドゥ・ビット監督が、8年の歳月をかけて完成させた初長編作品で、第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で特別賞を受賞。スタジオジブリが、同社としては初となる海外作家の映画製作に参加し、高畑勲監督がアーティステックプロデューサーとして、シナリオや絵コンテ作りなどに関わっている。嵐で荒れ狂う海に放り出された男が、九死に一生を得て無人島に漂着する。男は島からの脱出を試みるが、不思議な力で何度も島に引き戻されてしまう。そんな絶望状況の中、男の前にひとりの女が現れ……。(以上、映画.comより)

こちらが予告編↓

構想10年、制作8年フランス発のジブリ最新作


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2000年に公開されたわずか8分の短編映画『海岸のふたり』
そこで描かれた父と娘の穏やかな愛の物語に多くの人が心温められた。数々の賞を受賞し、スタジオジブリプロデューサーの鈴木敏夫の目に
とまる。そして、この監督(マイケル・デュドク・ドゥ・ビット)の長編作品を見て見たいという気持ちが全ての始まりだった。マイケル監督が描き出す簡素でいて美しいその世界観、アニメーション独特の表現技術は第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門にて特別賞を受賞。この秋必見の作品だ。(すでに公開は終わっているので、何を今更って感じだが…)

共生、愛、人の強さと弱さ。


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この映画は見る人が見るときによって感じるものを感じてほしい。でも私が感じたことも聞いて欲しい。少しだけお付き合いを。
私はこの映画を見て、人の強さと、それに付随する弱さを強く感じた。この映画で描かれる人間は実に原始的であった。それは決して野蛮であるという意味だけではなく、感情に従順でだからこそ「愛」を強く描き出していると思う。主人公たちは一言も喋らないし、人間らしい道具もない。「脳」という人間の武器はほぼ無意味になった無人島で描かれるのは人間の本能的な行動だけ。無人島に男が一人、台詞なしも必然のように思う。男の目は点で表情は無いに等しい。だがしかし、我々観客は彼の思っていることが手に取るようにわかる。それは同じ人間であること、そして全ての行動が本能的であることに由来する。彼が不思議に思えば観客も悩み、彼が憤怒すれば我々もイラつく。そういった共感性がこの映画を作っているのだろう。だからこそだろうか、「無人島に一人の男」というありふれた題材で1時間少しの鑑賞時間も飽きることはなかった。

さて本題に入って先ほど言った「人の弱さ」について話していきたい。これは男の暴力性によって表される。彼は一人無人島で途方に暮れるが、すぐにイカダでの脱出を試みる。しかし、その試みは幾度となく阻まれ失敗に終わるのだ。原因もわからぬままついに三度目の絶望の際に赤い亀を目にするのだ。全てはこいつのせいだと怒りに狂い、亀を痛めつける。創造物を破壊され、未来を絶たれたと悲観する彼の弱さが暴力性を駆り立てたのだ。その亀がイカダを破壊したとも、未来が絶たれたとも言い切れぬ状況でも島にひとり孤独な彼にとってはそれが全てだったのだろう。一人でいることは弱さを増強するのかもしれない。

そう思ったのも、その後描かれる「人間の強さ」を見たからだった。中盤、女と出会い、子もでき家族を持った男の元に、激しい天災が襲いかかる。それはまるで日本の3.11のような巨大な津波だった。イカダの破壊などとは比べ物にならない一掃に観客の誰もが息を飲んだだろう。かつての彼ならどうしただろうか。孤独な彼なら悲嘆の日々を過ごし、怒り、そして死んでいったかもしれない。だが違った。家族のいる彼は再建を目指したのだ。自然によって生活は壊された。日本もそれを経験した。築いてきたもの全てが流され無に帰った。それでも人はまたひとつづつ作り直していける。くじけずただひたすらに明日へ向かっていける。共に生きる誰かさえいれば。そうして、男とその家族が薙ぎ倒された木々を燃やし背丈の倍はあろう炎を生み出したように、崩れたものでかつてない光(炎)だって生み出せる。そんなふうに思わされた。人間の強さとは共生であり、愛である。「脳」が強さだと思っていた私の考え方はこの瞬間変えられたのだ。

男と女が結ばれた。二人の間に子が生まれた。人がいればどんなところだって家になるのだ。愛が人を幸せにし、豊かにする。そう言った普遍的なものを雄弁に語ったのが「レッド・タートル」だと思う。

ロケハンはセーシェル島


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この映画のロケハンが行われたのは東アフリカのセーシェル共和国。インド洋に浮かぶ115の島々からなる国家である。ささっと画像検索をして見てもらいたい。監督はこの島を「主人公が好きになれない島」を描くために訪れ、イメージの源にしたわけだが、どうにもそんな気持ちにはなれない美しすぎる景色が広がっている。しかし一方で、セーシェルにはゴツゴツとした岩肌が目立つ少し簡素な一面も持ち合わせている。その点では「憎むべき無人島」としての素質はあるのかもしれない。そうは言ってもやはり超美。青い海、その青に映える新緑。ボロ布ひとつで途方にくれるのも悪くないかもな、なんて思わせる自然には目を見張る。いつかここに訪れて、運が良ければカメと戯れて?、時間を忘れた日々を過ごして見たいものだ。

どこから来たのか どこへ行くのか いのちは?


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作品のキャッチコピーでもあるこの一文。鑑賞後思い返してみると実にしっくり、ぴったりくるセンテンスだった。彼が歩んだ不思議な人生とのリンクはもちろん、どの人の一生にも触れてくるテーマであることは明らかだ。

人は自由なようでそうでもない。行きたいところには行けないかもしれない。予期せぬ者が訪れるかもしれない。それでも、自分の理想とは違った今でも、幸せなのかもしれない。人も動物も全ての生命が当然のようにやってのけるが、新たな命の誕生は奇跡と言って過言じゃない。それは亀が女に変わったあの瞬間でさえ大した事じゃないと思わせるものだ。私は、そしてあなたはどうして今この場所にいて、これからどこへ向かうのか。私たちの命はどう生きて、どう終わるのか。過去にも未来にも、生きているということだけで不安は付きまとうものだ。

しかし、簡素な暮らしでも、思い通りにいかなかったとしても、何かひとつ自分にとって大切なものを見つけて、その宝のために生き、犠牲を払い、決して手放すまいと進んで行けばきっと幸せになれるんだろう。これが幸せの秘訣なんだろう。なぜだか、そんなふうに思わされた映画だった。公開は終わってしまっているのが残念だが、(私の怠慢で記事投稿が遅れたせい)今後のレンタル開始などのタイミングで、ぜひ見ていただきたい作品。

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