『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』自由意志はない。でも運命がある。SF的疑問の徹底解説

ぼくは明日、昨日のきみとデートする

感想・レビュー

[評価]


■脚本:6
■演出:6
■キャスンティング:6
■この映画えらい度:9
■好き度:9
■期待値とのギャップ:8
■総合:7

73

/100

作品情報

2016/日本 上映時間111分

キャスト
福士蒼汰:南山高寿
小松菜奈:福寿愛美
東出昌大:上山正一

スタッフ
監督:三木孝浩
原作:七月隆文
脚本:吉田智子
製作:市川南
共同製作:村田嘉邦

主題歌:back number 『ハッピーエンド』
https://geinou-news.jp/articles/backnumber-新曲-ハッピーエンド-mv

[あらすじ]
七月隆文の同名ベストセラー小説を、「ストロボ・エッジ」の福士蒼汰&「バクマン。」の小松菜奈共演で実写映画化したファンタジックラブストーリー。「僕等がいた」「アオハライド」など数々の青春ラブストーリーを手がけてきた三木孝浩監督と脚本家の吉田智子が再タッグを組み、京都の風光明媚な景色を背景に20歳の男女の甘く切ない純愛を描く。美大生の高寿は、通学電車の中で見かけた女性・愛美に一目ぼれする。勇気を出して声を掛け、会う約束を取りつけようとする高寿だったが、愛美はなぜか泣き出してしまう。意気投合した高寿と愛美は付き合うことになり、幸せな日々を過ごしはじめるが、そんなある日、高寿は愛美から信じられないような秘密を明かされる。(以上、映画.comよりより)

こちらが予告編↓

コメント


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正直まだ邦画の恋愛ものには偏見がある。今作も雰囲気がどこか同じな感じがして大手を振って傑作だと言いづらさを感じてたんだけど、単純にその偏見をなくす手段として『もし洋画だったら』というifのフィルターをかけてみると、あら傑作。大好きな映画だった。そのフィルターさえ偏見なんだけどもね。

涙もろいけど、映画館ではあまり泣かない方。そんなわけだから涙が溢れるたびに「あ、2回も…」「あ…3回も…」なんて図らずもカウントしてた。結果、7回頬を伝いました。
高寿を見るたびに、相手に物事を確認しながら進めてく彼を見るたびに自分を重ねてた。でもそういうのって福士蒼汰だから許されるなんて悲観的にもなったけど、あまりに切なすぎる。
もともと小松菜奈も福士蒼汰もさほど好きじゃなかったが、今作に限っては小松菜奈の棒読みも”あり”なバックグラウンド。
設定が【時間】をテーマにしているからSF的な疑問はたくさんある。設定厨の自分には正直納得いかない部分も多々。原作を読んで補填したので今回はその解説メインで。

SF的設定の徹底解説。


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多くの人がこの作品を見て「?」が浮かんだのではないでしょうか。特にSF映画を見慣れていない人にとっては難解な設定だったはず。今回は、上の図解も用意したので、参照しながら読んでいってもらいたいです。

この作品の核となるのが、南山高寿がデートする福寿愛実は昨日の彼女だと言うこと。福寿さんは高寿の世界とは別の世界から来たパラレルワールドの住人で、彼女の世界では海外旅行のような手軽さでこちらの世界に訪れることができる。ただ、その際元の世界とは逆方向に時間が流れることになるので、様々な矛盾や崩壊を防ぐため携帯やメールなどの仕様は厳しく制限され、12時を回ると昨日という日付に繋がる。また12時を回ると滞在している部屋に自動転送されるというおまけ付き。

ただ、この設定をよりややこしくしているのが福寿さんがあまりに多くのことを知っているということです。高寿が彼女に出会ったとき、デートの全てを知っているのは彼女がその30日間を過ごして来たからだが、福寿さん高寿を救う未来までをも知っていることに疑問を持ちました。いや、考えて見ればなんてことはないのですが、映画では設定を詳細に語らないこともあり大変混乱しました。「彼女は生まれた時から大人なのか?」とか、「だとしたら徐々に記憶が消えながら生活しているのか?」とかそんなふうに脳内がぐちゃぐちゃ。

この福寿さんが「昨日に戻る」と言う表現が混乱を招くわけです。彼女は彼女の明日に向かうだけで、記憶も何もかもが彼女にとっては普通の時間軸。ただ、異質な点なのが、高寿の世界から見れば逆行しているように見えるし、彼女が幼くなっていくように見えるのです。その転送された時点が、高寿にとっての「昨日」と言う日付なだけで。

つまり劇中でも言っていた通り、高寿にとっての明日は福寿さんにとっての昨日、その逆もまた同じ。福寿さんが多くを知っていたのは、映画の描写から解釈するなら、15歳の福寿さん25歳の高寿に彼女にとっての未来(高寿にとっての過去)のことを聞いていた。つまり20歳の彼女は今までの20年分の記憶+α高寿が過ごして来た25年の未来(過去)も知っていることになる。

じゃあ、「福寿さんが初めて来たはずのこっちの世界で、なぜ高寿は彼女を知っていたのか?」とか「なんで高寿を救ったのが福寿さんだとわかるのか?」とか、まあ、タイムループ特有の疑問点はあるでしょう。ただ、彼女が時間軸をかき乱した時点で二人の生活に始まりも終わりもなくなりました。二人に自由意志はなく、全ては決まりきった未来に向かって動いている。二人が20歳で出会うことは誰の意思でもない。誰がどうしようと出会う二人というのは、「運命の出会い」という最たるもの。この世界で哲学的な自由意志はなく、そこにあるのは運命だけということになるのです。少し寂しい気もしますが、とってもロマンチックでいいような気もする。要するに場合によっては高寿だって未来予知的なことができたというわけなんですね。モヤモヤしていた方、納得していただけたでしょうか?より混乱させていたらごめんなさいね。笑

back numberの楽曲


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何より、この映画を観に行こうと思ったきっかけがback number の「ハッピーエンド」という楽曲でした。私的なタイミングもありこの曲をエンドレスで聞いていたわけです。サビももちろんですがAメロが最高に的を射ているというか、胸のモヤモヤを言葉にしてくれた感じがして泣きそうになりました…

さよならが喉の奥につっかえてしまって
咳をするみたいにありがとうって言ったの
次の言葉はどこかとポケットを探しても
見つかるのはあなたを好きな私だけ

あなたが好きだし、別れたくなんてないけどでも今まで本当に楽しかったよ「ありがとう」。そんな気持ちが痛いほどわかるこの歌詞が痛くて愛おしい。

2番のAメロもまた絶品で、

こんな時思い出すことじゃないとは思うんだけど
一人にしないよってあれ実は嬉しかったよ

こういうかつての言葉って、最後に限って思い出したりするもんで。たわいもない言葉が本当に心に残っててふと思い出して嬉しくも、切なくなったりするんですよね。。。少々センチになったにでこの辺で。笑

原作と比較してのアレヤコレヤ


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映画を鑑賞後、あまりに切なく心に刺さりすぎたので、原作小説を買って帰りました。SF的な設定への疑問点の解決にも役立つかな?なんて思いもありましたしね。なので、原作と映画版の相違点について少し指摘しておきたいと思います。

-時間錯誤の証明手段-

原作では、愛実が高寿に信じてもらう手段として髪の長さを使います。愛実とデートする高寿は彼女の髪ツヤの良さに気がつきます。内心「さほど変わらないじゃん」なんて思いながら。まあ、それもそのはず。彼女が髪を切ったのは高寿が明日会う愛実だからです。昨日あった愛実は散髪後2日目の彼女。美容院にいきたての彼女の髪ツヤがよかったのはそのせいでしょう。実際、彼女はバッサリ切っていたみたいで翌日の愛実の髪は肩ぐらいまで長かったのですから。映画版ではそういう描写はありませんでしたね。設定の説明の部分で要素を多くしすぎるとごちゃっとしてしまうからカットしてよかったかもしれません。

-愛実と高寿の未来-

原作では二人の将来キャリアに軽く触れます。高寿はクリエイター職に、愛実は女優になったのだろうという表現が含まれていて、愛実が日記通りに過ごそうとした理由の一つがここにあったんじゃないかな、と思わせます。なんせ、高寿がクリエイティブなことをしているのが好きなことを知っていますし、彼女自身演じることを楽しいと思っているのですから。文字面で見るとなんだか冷たいように感じますが、悪いことではないかなと。映画では愛実の女優キャリアについては一切触れられませんが、このことを知っていると「おや?」と少しのエッセンスを感じたような気もしました。というのは、高寿の髪を切っているとき、小学生時代の演劇の話になります。その時、『愛実も演技とかしたことあるの?』なんてなにもしらない高寿が率直な疑問を投げかけるのです。その瞬間、何か含んだように微笑む彼女。まあ、それまで『愛実ちゃん』と呼んでいた高寿が初めて呼び捨てした場面なので、その含み笑はそのことに対するものでしょうがね。

-最後に-


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福寿さん(小松菜奈)の『いいねぇ』のセリフが、言い方がすごくいいねぇで、頭から離れなくなる映画。大多数にとってこの映画が傑作だとは思いません。ただ、ハマる人にはすごく刺さる。今の自分にはハマりすぎました…
また、『ぼく明日』はある点で『ヒメアノール』だったんですが、たそれをスタンダードにして欲しくはないと思いました。あの演出は『ヒメアノ〜ル』だからよかったのであって、少なくともこの映画では全く活きていなかった演出です。

物語の始まり、「一目惚れ」というある意味なんの根拠もない、好きの気持ちにしっかりと意味があり、出会うべくして出会った2人という状況が、そこらの甘ったるい邦画ラブストーリーとは一線を画す映画でした。このままでは年間ベストに入ってしまう『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』、あまりに暖かい12月の後半の気候の中、なんとか熱を冷ましていきたいと思います。

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