『野火』殺しを誰も責めてくれない残虐な世界

野火

感想・レビュー(ネタバレ)

[評価]


■脚本:10
■演出:10
■キャスンティング:6
■この映画えらい度:10
■好き度:7
■期待値とのギャップ:5
■総合:8

69

/100

作品情報

2014/日本 上映時間87分

スタッフ
監督:塚本晋也
製作:塚本晋也
原作:大岡昇平
脚本:塚本晋也
撮影:塚本晋也

キャスト
塚本晋也:田村一等兵
リリー・フランキー:安田
中村達也:伍長
森優作:永松
中村優子

-感想とあらすじ(ネタバレなし)-


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最近は、就活などのストレスからだろうかやたらグロい映画を欲している。もともとスプラッター好きということもあるがどの映画でも満足できずにいた。胸糞悪い、決して気持ちのいいものじゃない映画を探していた時に思い出したのが『プライベート・ライアン(1998)』でのワンシーンだった。終盤、建物内で敵と味方の1対1の攻防が始まる。緊迫したその状況下、敵が馬乗りになりナイフを胸に押し当てる。必死に抵抗し「頼む頼む…」と静かに慈悲を願うもゆっくりとナイフは胸に刺さっていくのだった。あのシーンの何とも言えない悲しさ、苛立ち、絶望、痛み、いろいろな感情や感覚が入り混じった「嫌」な感情は今でも忘れられない。当時高校生だった私にはとても重いワンシーンだった。そして、愚かにもそれに似たシーンを求めている自分がいた。それをある種の「スプラッター映画」として観ようと思っていたのだ。が、『野火』はそんな生易しいものではなかった。これはまさに戦争そのもの。彼らの戦いに理由なんてなく、送られた戦地で戦争だから人を殺す。『プライベート・ライアン』のように目的を描かないことでより一層、戦争の無意味さ、虚しさをあらわにしている。現日本でも憲法が改正され戦争可能な国になる可能性が出てきた。それが完全に悪だとは言わない。またこの映画のような戦争がこれから起こるとも言えないかもしれない。だがしかし、もう一度「戦争」というものを考え、憲法改正について考えるタネになるだろう。ただ「賛成だ!反対だ!」というのではなく、改正によって何が起きるのかを映画を通じて見てみることも大切なんだろうと思った。ただ、自然は容赦なく鮮やかで綺麗だった。

安保関連法案が与党の強行採決によって衆院を通過した。これまでの憲法解釈では認められていなかった集団的自衛権の行使が盛り込まれており、多くの批判が広がっている。その不穏な流れにくさびを打ち込むべく公開されるのが「野火」だ。日本の安保政策が大きな転換期を迎える戦後70年。かねて日本が戦争に向かっていると懸念を抱いていた塚本晋也監督は、「そういう時代になるのを、何とか食い止めるひとつの行為になれば」と切実に願っている。(取材・文・写真/鈴木元)(映画.comインタビューより)

冒頭いきなり、やつれた親父が殴られるシーンから始まる。どうやらその男田村は肺を患い食料集め、防空壕堀りさえできないと厄介払いされようとしていた。芋を渡され一言「達者でな」。病院に着くとそこには明らかに自分よりも重症な兵士たちが倒れ治療の順番を待っていた。きっと彼自身が場違いだと気付きながらも、「肺を患いまして…」と医者に伝える。案の定罵られ順番を待たされる田村は、なんの治療も施されないまま夜が来て、分隊に戻れと命令される。彼はいち兵士、上官の命令に背くことはできずその後幾度となく病院と基地とを歩かされるのだった。「芋を渡したんだ、せめてその分は向こうで置いてもらえ!」「芋はもうない。なんなもの2、3日分にもならん」「どうしてもダメなら死んでこい!」。ついに「腹を切って自害してきます」と田村。「元気で行け」と言った上官に当然そんな意思はなく、もう嫌になったろう田村も諦めたようだった。しかし外で豪を掘っている兵士には「どっちがいいんだかな」と呟かれる。そう、田村はある意味自由になったのだ。死ぬも生きるも自由。命令されずに行動できる彼にもはややるべきことなどなくなったのだ。戦争においてこれほど空しいことはないかもしれない。仮に人を殺めてしまってもそれは命令ではないのだ。その罪の意識を自分の中にとどめておくほかない。なすりつける先がないからだ。そうは言っても、芋を探し水を探し、生きるためだけに行動できるようになった田村。しかしそれはより多くの地獄を見ることになる序章だったのだ。”To be or not to be”(生きるべきか、死ぬべきか)そんか有名な一節に満ち満ちた作品だった。

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